松浦愛美 ピアノリサイタル

2022年04月24日

 牧落倶楽部サロン(大阪府箕面市)にて開催。 

まもなくアメリカ移住を控えたピアニストの国内最後のリサイタル。「3大B」と銘打って、ブラームスの代わりにアメリカの作曲家、サミュエル・バーバーのピアノソナタをメインに入れたユニークなプログラムでの演奏が披露された。この日は低音部が良く鳴り響く、年季の入ったニューヨーク・スタインウェイを用いた演奏。少人数の小さなサロンで、間近で迫力のあるピアノ演奏が楽しめた。

プログラムの前半、最初に演奏されたのは、ベートーヴェンのピアノソナタ第13番作品27-1。「月光」ソナタとセットで「幻想風ソナタ」と命名されている作品である。

ピアノは第1楽章から自然で力の抜けた天衣無縫な心地よい感覚が支配し、高音部の美しいメロディーに低音のずっしりとした響きが加わり、バランスのとれた表現で演奏が展開された。第2楽章は短調に変わるも、スタカートが歯切れよく、途中現れる長調のゆったりした第2主題もメロディーをかみしめるかのように整然と演奏され、音色の美しさが際立っていた。第3楽章も軽快で歯切れ良いスタカートの演奏が印象的であった。

次にベートーヴェンの第14番、有名な「月光」ソナタの演奏。このピアニストでのこの曲の演奏を聴くのは3回目になるが、そのつど微妙に表現や演奏構成が変化している。

この日のピアノの演奏は第1楽章から力の抜けた自然で落ち着いた、静寂に満ちた雰囲気ではじまり、音色は明るく美しく無邪気なのに、なぜかもの悲しく切ない感覚がひしひしと迫るような感覚に襲われた。さらに時折絶妙なタイミングで突如ppに減衰するピアノの表現が、さらにこの曲の悲劇性の深さを反映させていた。第2楽章は軽快で歯切れ良い軽快なメロディーがゆったりとしたテンポで演奏され、聴く耳に心地よさが伝わってくる。終楽章もけっしてせっつかず、演奏は落ち着いたテンポをキープしつつ、右手の軽いタッチと左手の低音部のうなるような響きとが見事に対比・対照された立体的な音楽が奏でられた。おそらく当時のベートーヴェンならこのような演奏をしたであろうと思わせる模範的なコーダで曲は締められた。

後半の最初は、バッハの「イギリス組曲 第3番」の演奏。プレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、ガヴォット、ジーグと6曲編成のおなじみの構成であるが、ピアノはこの日の演奏に通底するタッチの軽快感とテンポの歯切れ良さを十分に発揮し、チェンバロでの演奏を彷彿とさせる、曲のオリジナルに忠実で正確な演奏が印象的で見事に功を奏していた。ピアノ演奏は終始軽快で1音1音の音の粒が明快で、時折現れるトリルも躍動感があった。アルマンド、サラバンドといった短調の舞曲の演奏も、もの悲しいメロディーが淡々と奏でられ、逆に悲しさを際立たせていた。楽曲全体を通して左右の手のそれぞれのメロディーが対比的に浮き上がる、バランス感覚の優れた演奏に仕上がっていた。

最後にバーバーのピアノソナタの演奏。4楽章から構成される30分近い大曲であり、それぞれの楽章ごとに現代音楽やロシア音楽を彷彿とさせる特徴が散りばめられたユニークで複雑な作品である。第1楽章の演奏は不協和音の連続ながら透明感に溢れ、ときにはオリエンタルで幻想的な雰囲気を醸し出していた。ピアノは終始けっして力むことなく、ナチュラルな流れで進行した。第2楽章は高音部の3連符による細かいパッセージのメロディーで始まり、軽快なスケルツォの様相を呈しながら、途中でワルツに移行するなど曲は二転三転を繰り返す。第3楽章は透明感のあるゆったりとした単旋律が現れ、次第に盛り上がってゆく構成。オクターブユニゾンで奏でられるメロディーや左手の低音の響きが胸に突き刺さるような刺激的な音楽が展開された。終楽章はフーガ形式になっており、ジャズ風のリズムによる細かい音符の連続による主題が変奏され展開されていく。その音の洪水は圧倒的な勢いで聴衆の耳に迫ってきた。総合的にピアノはバーバーの音楽作品の特徴である透明感に溢れた音色を実現しており、曲づくりも作曲家の意図を見事に反映させた格調の高い演奏が披露されたといえるだろう。

(以上文責:今本 秀爾)

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